黄金の時刻の滴り

夜、帰り道、歩道で女性とすれちがった、そのとき、文化祭のお化け屋敷のにおいがした。分析してみるに、おそらく、化粧と段ボールとガムテープと整髪料と皮脂の混ざったものが、わたしのなかの文化祭のお化け屋敷のにおい。

辻邦生の『黄金の時刻(とき)の滴り』は世界の文豪たちとの架空の接触。もし生きてたら、って、ヘミングウェイや、カフカ漱石スタンダールら12人の作家たちが描かれていて、ギトギト味濃い文学に浸っていた時分、正統、王道、中庸的な文体、作風は、見過ごしがちだったけど、これ読んで、ちょっと嗜好の方向性というかキャパシティが変わった、拡張された、気がする。もっと変わったのは、カズオイシグロの『日の名残』。

そのすれちがった時に嗅いだ懐かしいにおいで、『黄金の時刻の滴り』ってタイトルがまず浮かび、ついで、当時のあれこれが、断片的に、脳裏に、脈絡なく。